同年代の人と会って話すと、必ずといっていいほど「僕らはバタフライナイフ世代だから…」という話が出る。言われるたびに「あ〜そうだった」と思い出す。ちょうど小学校の終わりに酒鬼薔薇事件があって、それからしばらく経ち、中学時代のど真ん中のあたりでは、連日のようにテレビでバタフライナイフを振り回す少年少女たちの模様が報道されていた。
ふと思いを馳せてみると、そういえば自分のクラスメイトでも、ちょっと不良志向のある男の子とかはこぞってバタフライナイフを携帯してて、教室の裏でシャカシャカやって見せびらかしたりしていた。いま思うと100円ショップにでもありそうなショボくれた代物だったけど、それでもナイフであることには変わりない。
彼らの幾人かは立派なヤンキーになって僕らの視界からは遠くに行ってしまい、そうじゃない人はいつの間にかナイフを携帯しなくなった。それ以降ナイフが流行したという話は聞かないので、何だかんだであの頃の中高生が最も武装していたということになる。全国のあらゆる教室で、刃物が横行していたわけだ。そのなかで、実際に人間に突き刺さった刃物は何本あったのだろう。実用化された(梱包された箱を開ける・果物の皮むき等)ものもあっただろうし、ただの一度も物体を突き刺さなかったものもあるかもしれない。それら無数のナイフたちが、日本中の実家の机の引き出しのなかで、いまも静かに眠っている。


おわり

クリックするとSTUFFのジャケットがデカデカと載ってる状態が続いている。イヤなので、取り急ぎこれを貼っておこう

世界史対照年表

アフリカとか環太平洋もきちんと含めたのを誰か作ってくれないかなと、よく思う。

何年か前に見たテレビ番組で、石田衣良のお宅訪問みたいな企画にて。ボンジュールレコード的白い棚にレコードが並んでて、そこにデカデカと飾られてたのは「STUFF」のジャケット

で、「ジャズやクラシックなどのレコード・コレクションが…」ってナレーションされてたけどそれはフュージョンだろう!と思ってしまったのと同時に、数十年前からアーバナイズされた生活を送ってた(知らないけどきっとそうなんだろう)人はやはり当時のアーバナイズされた音楽からは逃れられないものなんだなあと感慨を抱いたのでした。ボンジュール的棚にはあまり相応しくないデザインな気するけどバシっと飾っちゃう心意気!



で、現代においてフュージョン的な地位を占める音楽ジャンルってエレクトロニカ、ひいては緩めのグリッチ・ミュージックなんじゃないか、と考えていた時期もありました。自称センス・エリートたちが、自身の素敵な空間を作る為の格好のBGM。そして数十年後にカッコ悪いモノとして否定され尽くしちゃうんじゃないかしらと。それはツタヤのレンタル棚にいきなりフェネスとかのコーナーが出来てたりすることで実感していたのですが、実際のところ現時点でどうなってるのか。エレクトロニカ・シーンみたいなものが存在するのかどうかも分からないし、僕の周りにはエレクトロニカをたくさん集めてる人もいるのかいないのか分からないし、いたとしても彼らのライフスタイルがいかなるものかも知らないので何ともいえないや……。



それはそうと、snd『Tender Love』を久々に聴き返してます。まだエレクトロニカという単語がちょろちょろっと出てきたばかりの、2000年代初頭にリリースされたこのアルバムに、いま割とハウスに寄り過ぎな一部のミニマルの萌芽を読み取ろうと思って手に取ったのですが、意外にそんな感じしなかった。リズムが2stepっぽかったりします。面白いです。




(いまさら言うまでもないことですが、私個人的にはフュージョン大好きです。STUFFは微妙ですが……)






今日はなんだか休日なので、夜、遊びに行きます。

涼しくなってきました。
いろんな人の歌う「蘇州夜曲」を聴いている。


一青窈松浦亜弥。みんな歌うまいね



平原綾香。うまいね



アン・サリー。うまいっ



と、歌唱力を評するろくな知識もないのでうまいうまいゆってばかりですが、とにかく皆素敵なので、アイスクリームなどを食べながらここ数週間よく見たり聴いたりしている。


そして戸川純もうまい


に加えて、中盤から出てくるビートたけしとのデュエット。この「刑事ヨロシク」という番組については知らないのですが、この数分の映像から滲み出る、とてつもなく牧歌的な感じ、に僕は心が動いているのだけど、伝えるための適切な言葉が見つからなくて、困っている。ああ、ここに上手いこと批評しくさって自己満足したいもんだな! と1週間ほど考えあぐねていたのだけど、とくに思い浮かばないままなので、もうそのまま載せることに。


事故前のたけしを僕は(年齢的に)あまり見てないのだけど、こんなに野蛮な趣(悪く言いたいわけではない)のある人だったのか。獣のように見えるよ。そして、戸川純の抑制の効いた歌声、表情。二人が近づくとホワホワンとピンク色になる効果もたまらない。いまでは放映できそなさそうな描写もあるかな。昨今のテレビ番組のなかにこんな気分にさせてくれる映像があるのなら、ぜひ、教えて欲しい(こんなの皆無だろう、と僕は書けない。ほぼ何の番組も見てないので)。

しばらく更新していなかったので、これまで読んで頂いた方々にも忘れられてしまったことだろうけど、続けてみよう……。永井荷風は自身の日記「断腸亭日乗」を42年間書いてたっていうんだから、よっぽどだ。42年間ブログを更新し続ける人が、この21世紀中、どれだけ出現するだろうか?


このギャングスタ永井荷風


で最近は永井荷風って人と夏目漱石って人の書くものを読んでいる。夏目漱石はかつて、この国の紙幣にもなってたっていうんだから、これもよっぽどだ。


これがその紙幣
スキャンされた紙幣の画像を見るのって変な気分ですね。


じつのところ、読んでいるというより、ほとんど朗読してる。小さな声で。そして、筑摩書房から出ているヴァージョンで買っている。活字、文字組みが目にやさしく、頭に入りやすい。なにを隠そう僕は活字が苦手なのだ。ちょっと前のハヤカワ文庫くらいでも文字が細かく感じてしまい、ヒーヒー言いながら読んでいる。古本でもしかり。旧字体だったりなんかしたらなおさら。「やっぱ(作家名)は旧字体で読まないと」とか言ってる人が本当に羨ましい。そう、読めない癖に読むことに憧れているため、僕の部屋には活字が苦手だと自己紹介しても到底信じてもらえないくらいの大量、いや中量の書籍が並んでいる。でもいま夏目漱石という作家の本を読んでいると、まるで初めてマジメに読書を試みる夏休みの中学生みたいな気分になっている。1ページ1ページわくわくしながらめくっているのだ。
ということは、ここに並んでいるほかの書籍は、ほぼ読んでいないのだと思われる。


永井荷風の文章は、東京という街が好きな人は誰でも親しめるものですね! と、地方出身者の僕がそう考えるんだからそうなんだろう。明治〜大正の東京の姿は、ほとんどファンタジー。川がそこら中を走り、赤坂や四谷に、雑草だらけのだだっ広い空き地がある。そこに勝手に入って釣りしてる人や、パンを売ってるオッサンがいる。千駄ヶ谷の近く? は貧民街で、世田谷あたりにいたっては田舎過ぎて書いてない。昭和に入った頃の文章から、急に現在の東京、というか日本に重なる風景が見えてくる。百貨店がブームを仕掛けて東京音頭で盛り上がる人々や、カフェで悪酔いして物壊したりする書生連中の姿は、そのまま現在の状況にいろいろ照らし合わせることができて、楽しい。「戦後日本の〜」とか、私たちが現在を語るときにはルーツをどうしても戦後の出来事に求めちゃう癖があるけど、その若干前から連なってるものって、たくさんあるのかもしれません。永井荷風自身はそんな時代にほとほと幻滅してて、晩年はグチってばかりだけど、僕は別にそんなグチが言えるような資格もないし、そもそも幻滅してないです。

今日は新宿近辺を散歩していて、ちらりと見てきました。ひとりでギャラリーをうろうろするとか久しぶり。楽しかったです。


解放区 エリア10-10 / kaihouku aria 10-10
@AISHO MIURA ARTS
http://aishomiura.com/kaihouku.html


紙が散らかっている……わけですが、それらは2つの方法を経て散らかっていました。プリントアウトされた紙と、手でドローイングされた紙。
写真を携帯で指定されたアドレスに送るとflickrtwitterの両方に自動的に掲載されると知り、何気に撮って送ってしまったら、あとで確認してちょいと恥ずかしくなってしまったっ。おまけに名乗ってるし。なんかスミマセン……。



「コミックLO」に載ってる作品が面白いなー、と皆さんに話していたら、3冊ほど単行本を貸して頂きました。とくに「マコちゃん絵日記」素晴らしい……。これはエロなのか、そうじゃないのか、それともそんなカテゴリーはどうだっていいのか、判断に困っています。とにかく、気分は安らぐけど。詳しい人、教えて下さい!